日本のプロ野球は、
社団法人日本野球機構(NPB)下の
・セントラル・リーグ(セ・リーグ)
・パシフィック・リーグ(パ・リーグ)
の2リーグ全12球団と
NPB外のいくつかのリーグ(四国・九州アイランドリーグなど)
で行なわれています。
私の父はプロ野球ファン。
今は様々なスポーツがプロ化し、
メディアの力もあるのでしょうか、
昔ほど、一つのスポーツに人気が偏るということは無いようです。
とは言うものの、野球とサッカーが2大人気スポーツと言えましょう。
野球は、どうしてあんなに人気があるのでしょう?
プロ野球でスター選手が多くいたから?
高校野球で地元を応援しているうちに、野球を見るようになった?
どちらも戦前から人気が高いですよね。
昔は娯楽が少なかったから、分かりますが、
高校野球は今でも人気です。
Jリーグは見るけど、高校サッカーは見ない人って、
結構いると思いますが、
プロ野球を見る人は、高校野球にも関心高いですよね?
プロ野球の歴史を勉強することで、
プロ野球の人気の秘密が分かるのでは?
と、『日本プロ野球の歴史』という
このブログを書き始めました。
参考:
日本野球機構オフィシャルサイト
野球体育博物館
日本プロ野球シーズン記録ランキング シーズン打撃部門
日本プロ野球シーズン記録ランキング
シーズン打撃部門
プロ野球ニュースの司会でおなじみだった、
佐々木信也さんの名前がありますね。
ソフトな語り口、さりげないインテリジェンスなど、紳士的で、
私は当初、元野球選手とは思ってもいませんでした。
佐々木さんは、プロ野球選手としての腕は一流でしたが、
どうも球団に恵まれていなかったようで、
プロ野球の在籍は4年間しかありません。
すぐにテレビの解説者になったそうですが、
27歳での野球解説者就任は、最年少記録にあたるようです。
(こちらでも記録ですね。)
ブライアントの三振は、なんか納得。
大振りでしたものね。
ブライアントとは、あるコンビニ内で正面衝突しそうになったことがあります。
その際、迂闊にも、「え?エディ・マーフィー?」と思ってしまった私。
プロ野球選手はユニフォームを脱ぐと印象が変わりますが、
ブライアントとエディ・マーフィー、私服だとすごく似ています。
シーズン打撃部門
| 試合 | 飯田 徳治 (南 海) | 154 | 1956 |
| 〃 | 杉山 光平 (南 海) | 154 | 1956 |
| 〃 | 佐々木 信也 (高 橋) | 154 | 1956 |
| 打席 | 赤星 憲広 (阪 神) | 689 | 2005 |
| 打数 | 広瀬 叔功 (南 海) | 626 | 1963 |
| 得点 | 小鶴 誠 (松 竹) | 143 | 1950 |
| 安打 | イチロー (オリックス) | 210 | 1994 |
| 二塁打 | 谷 佳知 (オリックス) | 52 | 2001 |
| 三塁打 | 金田 正泰 (阪 神) | 18 | 1951 |
| 本塁打 | 王 貞治 (巨 人) | 55 | 1964 |
| 〃 | ローズ (近 鉄) | 55 | 2001 |
| 〃 | カブレラ (西 武) | 55 | 2002 |
| 塁打 | 小鶴 誠 (松 竹) | 376 | 1950 |
| 打点 | 小鶴 誠 (松 竹) | 161 | 1950 |
| 盗塁 | 福本 豊 (阪 急) | 106 | 1972 |
| 盗塁刺 | 河野 旭輝 (阪 急) | 29 | 1956 |
| 犠打 | 宮本 慎也 (ヤクルト) | 67 | 2001 |
| 犠飛 | 大杉 勝男 (東 映) | 15 | 1970 |
| 四球 | 王 貞治 (巨 人) | 158 | 1974 |
| 故意四球 | 王 貞治 (巨 人) | 45 | 1974 |
| 死球 | ラロッカ (オリックス) | 28 | 2007 |
| 三振 | ブライアント (近 鉄) | 204 | 1993 |
| 併殺打 | ブーマー (オリックス) | 34 | 1989 |
| 打率 | バース (阪 神) | .389 | 1986 |
| 長打率 | バース (阪 神) | .777 | 1986 |
| 出塁率 | 落合 博満 (ロ ッ テ) | .487 | 1986 |
プロ野球ニュースの司会でおなじみだった、
佐々木信也さんの名前がありますね。
ソフトな語り口、さりげないインテリジェンスなど、紳士的で、
私は当初、元野球選手とは思ってもいませんでした。
佐々木さんは、プロ野球選手としての腕は一流でしたが、
どうも球団に恵まれていなかったようで、
プロ野球の在籍は4年間しかありません。
すぐにテレビの解説者になったそうですが、
27歳での野球解説者就任は、最年少記録にあたるようです。
(こちらでも記録ですね。)
ブライアントの三振は、なんか納得。
大振りでしたものね。
ブライアントとは、あるコンビニ内で正面衝突しそうになったことがあります。
その際、迂闊にも、「え?エディ・マーフィー?」と思ってしまった私。
プロ野球選手はユニフォームを脱ぐと印象が変わりますが、
ブライアントとエディ・マーフィー、私服だとすごく似ています。
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posted by 元・野球部マネージャー
| 日本プロ野球の記録
日本プロ野球通算記録ランキング 通算投手部門
日本プロ野球通算記録ランキング
通算投手部門
カネヤンは凄いですね。
勝ち負けともに1位、奪三振が1位と同時に与四球も1位。
それだけ全力での投球が多かったのでしょうね。
大選手の中には、マイナスの記録を持っている方も結構いますが、
与死球の東尾。
死球の清原と同様、なんとなく分かる気がします。w
それにしても、スタルヒン、金田、米田。。。
この時代のピッチャーは、よく投げていました。
今みたいに先発、セーブなんて役割もなかった時代。
登板したら最後まで投げるのが当たり前でした。
今のピッチャーが、記録を塗り替えられないのは当然でしょうね。
通算投手部門
| 登板 | 米田 哲也 | 949 | 1956-1977 |
| 完投 | 金田 正一 | 365 | 1950-1969 |
| 完封勝 | スタルヒン | 83 | 1936-1955 |
| 無四球試 | 鈴木 啓示 | 78 | 1966-1985 |
| 勝利 | 金田 正一 | 400 | 1950-1969 |
| 敗北 | 金田 正一 | 298 | 1950-1969 |
| セーブ | 高津 臣吾 | 286 | 1991-2007 |
| ホールド | ウィリアムス | 123 | 2003-2008 |
| HP | ウィリアムス | 135 | 2003-2008 |
| 勝率 | 藤本 英雄 | .697 | 1942-1955 |
| 投球回 | 金田 正一 | 5526.2 | 1950-1969 |
| 被安打 | 米田 哲也 | 4561 | 1956-1977 |
| 被本塁打 | 鈴木 啓示 | 560 | 1966-1985 |
| 与四球 | 金田 正一 | 1808 | 1950-1969 |
| 与死球 | 東尾 修 | 165 | 1969-1988 |
| 奪三振 | 金田 正一 | 4490 | 1950-1969 |
| 暴投 | 村田 兆治 | 148 | 1968-1990 |
| ボーク | 江本 孟紀 | 24 | 1971-1981 |
| 失点 | 米田 哲也 | 1940 | 1956-1977 |
| 自責点 | 米田 哲也 | 1659 | 1956-1977 |
| 防御率 | 藤本 英雄 | 1.90 | 1942-1955 |
カネヤンは凄いですね。
勝ち負けともに1位、奪三振が1位と同時に与四球も1位。
それだけ全力での投球が多かったのでしょうね。
大選手の中には、マイナスの記録を持っている方も結構いますが、
与死球の東尾。
死球の清原と同様、なんとなく分かる気がします。w
それにしても、スタルヒン、金田、米田。。。
この時代のピッチャーは、よく投げていました。
今みたいに先発、セーブなんて役割もなかった時代。
登板したら最後まで投げるのが当たり前でした。
今のピッチャーが、記録を塗り替えられないのは当然でしょうね。
posted by 元・野球部マネージャー
| 日本プロ野球の記録
日本プロ野球通算記録ランキング 通算打撃部門
日本プロ野球通算記録ランキング
通算打撃部門
こうしてみると、ノムさん、王さんの記録はすごいです。
引退されてから数十年たった今も破られていない。
ハリさんの安打製造機の異名も、顕在ですね。
昔のスター選手は、格が違うのでしょうか?
というより、(私のおぼろな記憶ですが)昔の選手は故障が少なかったように思います。
また、故障したとしても現在と比べると選手層も厚くはなかったでしょうから、
多少の怪我では休まなかった、休めなかったのでは?という気がします。
それにしても、清原の死球の多さ。
避けられる球も避けないといいますから(まるで伴忠太?)、
当然かもしれませんね。
その男っぽい心意気に惚れるファンが多いのも分かる気がします。
通算打撃部門
| 試合 | 野村 克也 | 3017 | 1954-1980 |
| 打席 | 野村 克也 | 11970 | 1954-1980 |
| 打数 | 野村 克也 | 10472 | 1954-1980 |
| 得点 | 王 貞治 | 1967 | 1959-1980 |
| 安打 | 張本 勲 | 3085 | 1959-1981 |
| 二塁打 | 立浪 和義 | 481 | 1988-2008 |
| 三塁打 | 福本 豊 | 115 | 1969-1988 |
| 本塁打 | 王 貞治 | 868 | 1959-1980 |
| 塁打 | 王 貞治 | 5862 | 1959-1980 |
| 打点 | 王 貞治 | 2170 | 1959-1980 |
| 盗塁 | 福本 豊 | 1065 | 1969-1988 |
| 盗塁刺 | 福本 豊 | 299 | 1969-1988 |
| 犠打 | 川相 昌弘 | 533 | 1984-2006 |
| 犠飛 | 野村 克也 | 113 | 1954-1980 |
| 四球 | 王 貞治 | 2390 | 1959-1980 |
| 故意四球 | 王 貞治 | 427 | 1959-1980 |
| 死球 | 清原 和博 | 196 | 1986-2008 |
| 三振 | 清原 和博 | 1950 | 1986-2008 |
| 併殺打 | 野村 克也 | 378 | 1954-1980 |
| 打率 | リー | .320 | 1977-1987 |
| 長打率 | 王 貞治 | .634 | 1959-1980 |
こうしてみると、ノムさん、王さんの記録はすごいです。
引退されてから数十年たった今も破られていない。
ハリさんの安打製造機の異名も、顕在ですね。
昔のスター選手は、格が違うのでしょうか?
というより、(私のおぼろな記憶ですが)昔の選手は故障が少なかったように思います。
また、故障したとしても現在と比べると選手層も厚くはなかったでしょうから、
多少の怪我では休まなかった、休めなかったのでは?という気がします。
それにしても、清原の死球の多さ。
避けられる球も避けないといいますから(まるで伴忠太?)、
当然かもしれませんね。
その男っぽい心意気に惚れるファンが多いのも分かる気がします。
posted by 元・野球部マネージャー
| 日本プロ野球の記録
各年度優勝チーム一覧
日本野球連盟時代(昭和11年(1936)〜昭和24年(1949))の各年度優勝チーム
| 年度 | チーム名 |
| 1936秋 | 東京巨人 |
| 1937春 | 東京巨人 |
| 1937秋 | 大阪タイガース |
| 1938春 | 大阪タイガース |
| 1938秋 | 東京巨人 |
| 1939 | 東京巨人 |
| 1940 | 東京巨人 |
| 1941 | 東京巨人 |
| 1942 | 東京巨人 |
| 1943 | 東京巨人 |
| 1944 | 阪神 |
| 1946 | 近畿グレートリング |
| 1947 | 大阪タイガース |
| 1948 | 南海ホークス |
| 1949 | 読売ジャイアンツ |
日本野球機構(昭和25年(1950)〜)での各年度優勝チーム
| 年度 | セ・チーム名 | パ・チーム名 | 日本シリーズ優勝 |
| 1950 | 松竹ロビンス | 毎日オリオンズ | 毎日オリオンズ |
| 1951 | 読売ジャイアンツ | 南海ホークス | 読売ジャイアンツ |
| 1952 | 読売ジャイアンツ | 南海ホークス | 読売ジャイアンツ |
| 1953 | 読売ジャイアンツ | 南海ホークス | 読売ジャイアンツ |
| 1954 | 中日ドラゴンズ | 西鉄ライオンズ | 中日ドラゴンズ |
| 1955 | 読売ジャイアンツ | 南海ホークス | 読売ジャイアンツ |
| 1956 | 読売ジャイアンツ | 西鉄ライオンズ | 西鉄ライオンズ |
| 1957 | 読売ジャイアンツ | 西鉄ライオンズ | 西鉄ライオンズ |
| 1958 | 読売ジャイアンツ | 西鉄ライオンズ | 西鉄ライオンズ |
| 1959 | 読売ジャイアンツ | 南海ホークス | 南海ホークス |
| 1960 | 大洋ホエールズ | 毎日大映オリオンズ | 大洋ホエールズ |
| 1961 | 読売ジャイアンツ | 南海ホークス | 読売ジャイアンツ |
| 1962 | 阪神タイガース | 東映フライヤーズ | 東映フライヤーズ |
| 1963 | 読売ジャイアンツ | 西鉄ライオンズ | 読売ジャイアンツ |
| 1964 | 阪神タイガース | 南海ホークス | 南海ホークス |
| 1965 | 読売ジャイアンツ | 南海ホークス | 読売ジャイアンツ |
| 1966 | 読売ジャイアンツ | 南海ホークス | 読売ジャイアンツ |
| 1967 | 読売ジャイアンツ | 阪急ブレーブス | 読売ジャイアンツ |
| 1968 | 読売ジャイアンツ | 阪急ブレーブス | 読売ジャイアンツ |
| 1969 | 読売ジャイアンツ | 阪急ブレーブス | 読売ジャイアンツ |
| 1970 | 読売ジャイアンツ | ロッテ・オリオンズ | 読売ジャイアンツ |
| 1971 | 読売ジャイアンツ | 阪急ブレーブス | 読売ジャイアンツ |
| 1972 | 読売ジャイアンツ | 阪急ブレーブス | 読売ジャイアンツ |
| 1973 | 読売ジャイアンツ | 南海ホークス | 読売ジャイアンツ |
| 1974 | 中日ドラゴンズ | ロッテ・オリオンズ | ロッテ・オリオンズ |
| 1975 | 広島東洋カープ | 阪急ブレーブス | 阪急ブレーブス |
| 1976 | 読売ジャイアンツ | 阪急ブレーブス | 阪急ブレーブス |
| 1977 | 読売ジャイアンツ | 阪急ブレーブス | 阪急ブレーブス |
| 1978 | ヤクルトスワローズ | 阪急ブレーブス | ヤクルトスワローズ |
| 1979 | 広島東洋カープ | 近鉄バファローズ | 広島東洋カープ |
| 1980 | 広島東洋カープ | 近鉄バファローズ | 広島東洋カープ |
| 1981 | 読売ジャイアンツ | 日本ハムファイターズ | 読売ジャイアンツ |
| 1982 | 中日ドラゴンズ | 西武ライオンズ | 西武ライオンズ |
| 1983 | 読売ジャイアンツ | 西武ライオンズ | 西武ライオンズ |
| 1984 | 広島東洋カープ | 阪急ブレーブス | 広島東洋カープ |
| 1985 | 阪神タイガーズ | 西武ライオンズ | 阪神タイガーズ |
| 1986 | 広島東洋カープ | 西武ライオンズ | 西武ライオンズ |
| 1987 | 読売ジャイアンツ | 西武ライオンズ | 西武ライオンズ |
| 1988 | 中日ドラゴンズ | 西武ライオンズ | 西武ライオンズ |
| 1989 | 読売ジャイアンツ | 近鉄バファローズ | 読売ジャイアンツ |
| 1990 | 読売ジャイアンツ | 西武ライオンズ | 西武ライオンズ |
| 1991 | 広島東洋カープ | 西武ライオンズ | 西武ライオンズ |
| 1992 | ヤクルトスワローズ | 西武ライオンズ | 西武ライオンズ |
| 1993 | ヤクルトスワローズ | 西武ライオンズ | ヤクルトスワローズ |
| 1994 | 読売ジャイアンツ | 西武ライオンズ | 読売ジャイアンツ |
| 1995 | ヤクルトスワローズ | オリックス・ブルーウェーブ | ヤクルトスワローズ |
| 1996 | 読売ジャイアンツ | オリックス・ブルーウェーブ | オリックス・ブルーウェーブ |
| 1997 | ヤクルトスワローズ | 西武ライオンズ | ヤクルトスワローズ |
| 1998 | 横浜ベイスターズ | 西武ライオンズ | 横浜ベイスターズ |
| 1999 | 中日ドラゴンズ | 福岡ダイエーホークス | 福岡ダイエーホークス |
| 2000 | 読売ジャイアンツ | 福岡ダイエーホークス | 読売ジャイアンツ |
| 2001 | ヤクルトスワローズ | 大阪近鉄バファローズ | ヤクルトスワローズ |
| 2002 | 読売ジャイアンツ | 西武ライオンズ | 読売ジャイアンツ |
| 2003 | 阪神タイガース | 福岡ダイエーホークス | 福岡ダイエーホークス |
| 2004 | 中日ドラゴンズ | 西武ライオンズ | 西武ライオンズ |
| 2005 | 阪神タイガース | 千葉ロッテマリーンズ | 千葉ロッテマリーンズ |
| 2006 | 中日ドラゴンズ | 北海道日本ハムファイターズ | 北海道日本ハムファイターズ |
| 2007 | 読売ジャイアンツ | 北海道日本ハムファイターズ | 中日ドラゴンズ |
※昭和48年(1973)〜昭和57年(1982)のパ・リーグ2シーズン制時代も
年度の優勝チームを載せています。
なんだかんだ言っても、やっぱり巨人は強いですね。
ただ、あんなに強力な、良い選手が集まっていることを考えると、
もう少し優勝が多くてもよい気もします。
私が好きな日本ハムは、言いたくはないですが、
でも客観的に見て、やはり巨人に比べれば選手が小粒。
それでも、日本一になれたし、パ・リーグ連覇もしています。
やっぱりチームプレーが大事ということでしょうか。
posted by 元・野球部マネージャー
| 日本プロ野球の記録